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御法語

二月のお参りの際に読む御法語を紹介いたします。


小消息

 末代の衆生を往生極楽の機にあてて見るに、行少なしとても疑うべからず。一念十念に足りぬべし。罪人なりとても疑うべからず。「罪根深きをも嫌わじ」と宣えり。

 時下れりとても疑うべからず。法滅以後の衆生、なおもて往生すべし。況や近来をや。我が身わろしとても疑うべからず。「自身はこれ、煩悩具足せる凡夫なり」と宣えり。

 十方に浄土多けれど、西方を願うは、十悪五逆の衆生の生まるる故なり。諸仏の中に弥陀に帰したてまつるは、三念五念に至るまで、自ら来迎し給う故なり。諸行の中に念仏を用うるは、彼の仏の本願なる故なり。今弥陀の本願に乗じて往生しなんに、願として成ぜずと云う事あるべからず。本願に乗ずることは、信心の深きによるべし。

 受け難き人身を受けて、遇い難き本願に遇いて、発し難き道心を発して、離れ難き輪廻の里を離れて、生まれ難き浄土に往生せん事、悦びの中の悦びなり。

 罪は十悪五逆の者も生まると信じて、少罪をも犯さじと思うべし。罪人なお生まる、況んや善人をや。行は一念十念なお虚しからずと信じて、無間に修すべし。一念生まる、況や多念をや。

 阿弥陀仏は不取正覚の言を成就して、現に彼の国に在せば、定めて命終の時は来迎し給わん。釈尊は「善哉、我が教えに随いて生死を離る」と知見し給い、六方の諸仏は「悦ばしき哉、我が証誠を信じて、不退の浄土に生まる」と悦び給うらんと。

 天に仰ぎ地に伏して悦ぶべし、このたび弥陀の本願に遇う事を。行住坐臥にも報ずべし、彼の仏の恩徳を。頼みても頼むべきは、「乃至十念」の詞。信じてもなお信ずべきは、「必得往生」の文なり。


現代語訳

 末法の時代の衆生を、極楽に往生できるかできないかの能力に当てはめて考えるとき、行が少なくても、疑ってはなりません。一遍や十遍〔の念仏〕で充分なのです。〔悪業を犯す〕罪人であっても、疑ってはなりません。「罪深くても、分けへだてはしない」と説かれています。

 時代が下ったにしても、疑ってはなりません。仏教が滅んだ後の衆生でさえ往生することができるのです。ましてや末法の今については言うまでもありません。自身が悪くても、疑ってはなりません。「私たちは煩悩を具えた凡夫である」と説かれています。

 あらゆる方角に浄土は多くありますが、西方〔浄土〕を願うのは、十悪・五逆の罪を犯した衆生までもが生まれるからであります。様々な仏がおられるなかで、阿弥陀仏に救いを求めるのは、三遍や五遍〔しか念仏できずに死に臨む者〕に至るまで、自らお迎え下さるからであります。様々な行のなかで、念仏を用いるのは、かの阿弥陀仏の本願〔の行〕だからです。今、阿弥陀仏の本願に乗じて往生したならば、いかなる願いも成就しないはずはありません。本願に乗じることは、信心の深さによります。

 受け難い人間としての生を受け、遇い難い本願にめぐり合い、起こし難い覚りを求める心を起こして、離れ難い輪廻の境涯を離れ、生まれ難い浄土に往生すること、それは悦びのなかの悦びであります。

 罪については、「十悪・五逆の罪を犯した者でも生まれる」と信じながら、「少しの罪も犯すまい」と思いなさい。罪人でさえ生まれます。ましてや善人は言うまでもありません。行については、「一遍や十遍の念仏でも必ず実を結ぶ」と信じながら、絶え間なく称えなさい。一度の念仏でさえ往生します。まして多く念仏する者は言うまでもありません。

 阿弥陀仏は、「〔四十八の本願が叶わない限りは、〕正しい覚りを開くまい」という〔誓いの〕言葉を成就して、現にかの極楽国におられますので、必ず命の終わる時にはお迎え下さるでしょう。釈尊は、「よいことだ。〔念仏者は〕私の教えに随って、迷いの境涯を離れる」とお見通しになり、六方の世界におられる諸仏は、「悦ばしいことだ。私たちの証言を信じて、覚りに向かって退くことのない極楽浄土に生まれる」とお悦び下さっているでしょう。

 天を仰ぎ、地にひれ伏して悦びなさい、この生涯で阿弥陀仏の本願にめぐり合えたことを。立ち居起き臥しにも報いるべきです。かの阿弥陀仏の恩徳に。頼みとした上になお頼みとすべきは、「最低十念する人でも〔救い取ろう〕」というお言葉であります。信じた上にもなお信じるべきは、「〔念仏すれば〕必ず往生することができる」という一文であります。


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